お口の恋人お届けします


「たけのこなんざドリルの出来損ないじゃねぇーかきのこ最強」
「バッカきのこはカサ取れてナマコかっつーのたけのこ至高」

きのたけ戦争。それは有史以来最も永く最も残酷に続く東西冷戦。
それはその名を迂闊に口走るだけで「たけきの戦争だ死ね」と落日に露となる脅威。

世の欲望と差別と憎悪と偏見と、あらゆる混沌を煮込んだ魔女の大釜、希望崎学園では、
かの禁忌も日常を彩る戦火の煌めきとして、日々、燃え盛っていた。

戦闘破壊学園の異名を持つ希望崎学園……
確かに、この地はかの残虐と断絶の歴史を綴り、続けるに相応しい場所であるのかもしれない。
……だが、ここにそれをよしとしない者もいた。



削々ちょ子はその日、いつものようにきのこたけのこどっちのこ
と相争うクラスメイト達に絡まれている見慣れない女性を目にしていた。

「そこのおっぱいちゃんもきのこ好きだよな当然おっぱいデカいし」
「バッカ尻尾にツノつけてるパンクちゃんはたけのこ好きだろふとももエロいし」
「えっ……えっと」

頭にツノをつけ、お尻に尻尾をつけるという、中々に自己主張の激しい格好をしたその女性は、
クラスメイトの論理性に欠ける質問攻めに口籠っていた。
その表情は困惑と不安。ちょ子はそれを見て――その日、決心をした。

今日こそは不毛な戦いに一言物申し、争いをこの世から消し去ろうと。

「きのこ派かたけのこ派かなんて言いあっても仕方ないよ!
 みんなで楽しくお菓子を食べようよ!」

ちょ子の言葉は効果的であった。見慣れない女性を窮地から救うという意味においては。
だが、それはクラスメイト達の標的がちょ子に移るだけであったとも言えた。

「アーン?」
「なんだってェ~?」

きのこたけのこ侮るなかれ。
ちょ子の言葉はきのこ派もたけのこ派も敵に回しかねない発言であった。

彼らにとって、きのことたけのこの優劣を決める事は
鶏が先か卵が先かを決める事と同列である程に、彼らの中では重く、大切な事であるのだから。
凄くどうでも良い。

だがしかし――!

ちょ子には窮余の策があった。鼻息も荒く迫るクラスメイト達に対し、
リスのように小動物じみた彼女は小さな体躯を後ろに逃がす事もなく、
自ら前へと歩を進め、危険領域に身を晒した。

なんたる勇気! 或いは緊張感に欠ける性格というだけであろうか。

手の届く位置へと獲物が自ら飛び込んで来た――今にも掴みかからんとするクラスメイト達へ、
その時、ちょ子は手に持つ『策』を差し出した。
――それは、パイの実。

「きのことたけのこ、どっちが良いか話してないで、パイの実食べよう!」

パイの実――それは64層のサクサクパイ生地が奏でるハーモニー。
生地とマーガリンを均一に重ね、高温で焼き上げる事でふっくら香ばしい仕上がりを見せ、
表面の糖掛けによる艶も美しい焼き菓子の芸術。
中に注入されているチョコはパイ生地と最高の相性を生み出す特製の逸品が使われている。

正に――お口の恋人。

クラスメイト達は差し出されたパイの実を食べ、
口腔に広がる至福と共に自分達の愚かさを悟っていた。

そうだ。我々はこんな幸せを前に、何を無益な争いを続けていたのか。
きのことたけのこ、相容れないならば、パイの実を食べれば良かったのだ。

「俺が間違っていたよ!」
「俺たちがバカだった!」

ちょ子は笑った。これでまた一つ、この世から争いごとを無くせたのだと。
……だが、話はここで終わらなかった。終わらせてはもらえなかった。
何故ならば、きのたけ戦争あるところ、さながら影の如く、彼の者もあるのだから。


「でも結局アルフォートが最強だよな」

ヨット部の雄、アルフ・大戸が黒い顔に白い歯を見せ言った。

「切株を忘れてもらっちゃあ困るな」

斧部の新鋭、キリコ=キコリが窓に腰掛け不敵に言い放つ。

「その点トッポってスゲェよな、最後までチョコたっぷりだもん」

軽音部のトットポップがギターを掻き鳴らした。

戦火は拡がった。ちょ子は事態を把握し、愕然としていた。
争いを消すために、閉塞した環境へ新たな視点をもたらす――それは、
きのこたけのこの不和を破るには効果的であったかもしれない。

だが、それは外界に広がる新たな戦火を招き入れる諸刃の剣でもあったのだ。

収まりかけた場は再び混沌の坩堝と化し、世に争いの消える事無し。
もはやちょ子のパイの実ではどうしようもないのか――そう思われた時であった。

きのこ派とたけのこ派のクラスメイトに絡まれていた、
ちょ子によって解放されて後、ここまで呆然と状況を眺めていた女性が、口を開いた。

「――みんな間違ってるよ!」

女性は大人びた顔付きからは意外な程に幼げな口調で叫んだ。
その声に、場に集まっていた者は皆、視線を女性へと集めた。

その女性は、己の窮地を救ってくれたちょ子を今度は自分が助けようと思ったのであろう。
震える両脚に、震える声で、絞り出すように、続く言葉を紡いだ。



「女の子から貰えたチョコが一番に決まってるじゃないか!」



――それは男の子と女の子の、甘くほろ苦い青春の一大イベント、
バレンタインデーが過ぎて幾日かの、小春日和の事であった。
女性は涙目であった。

混沌の希望崎である。今更個人の性癖にあれこれと思う者もいない。
全員察して、押し黙った。

静寂が支配するひと時。

語りきった有角の女性――女性の姿になる宇宙テクノロジーアイテムによって変身をしていた少年、
岸颯太は息を切らし、時々嗚咽を洩らした。
何故こんなところでこんな事を自分は言わなければならなかったのかと、激しく己が行動を責めながら。

ちょ子が静かに進み出た。颯太に、その手を差し伸べる。その手には――パイの実。

「パイの実食べる?」

颯太はチョコを受け取り、口に運んだ。
サクサクホロリと口中で解けるチョコ菓子は、甘く、甘く、何処までも甘く優しかった。

その甘みはバレンタイン当日、女性の姿に変身して鏡の前に立ち、「はい、颯太君に」と
チョコを渡すポーズを自ら演じ、その後三分間弛む頬を抑えながら身悶えし、その後
原因明々の激しい虚脱症状に襲われ一時間ベッドの上で壁の汚れを数えるだけの存在になった颯太の、
あの日の傷を癒す甘さであった。

――それから。
集まった面々は皆でちょ子のパイの実を分け合い、
女の子からチョコを貰えるその事実の尊さを分かち合い、
確かにこれこそが何物にも代え難い、真に優れたものであると認め、その場を後にしていった。

こうして、争いは無くなったのだ。一人の少年の、哀しき心の犠牲と――
削々ちょ子の、献身的パイの実によって――。



~~お口の恋人お届けします・完~~



「ラ・ピュセルちゃんって言うの?君は見込みあるよー!一緒にきて!」
「えっ……ええっと……ハイ」

ダンゲロス・ウラギール、番長グループの一人、ラ・ピュセル。
彼女(彼)のハルマゲドン参戦には、こんな前日譚があった――のかも、しれない。



最終更新:2015年03月19日 20:52